太郎はそのころ、ひとりで雪之丞を訪ねた。雪之丞は11月からの全国ツアーの準備に忙殺されていた。まだツアーまで1か月半ほどあるが、演出家、スタッフ、少し名の通った役者らとの演技の打ち合わせしていたのだ。太郎はしばらく待っているあいだ、若手の練習をみていた。前に来た時も感じていたのだが、古びた看板、少々、”がた”がきた練習場の壁や床、いや建物が古くなっていてトイレ、水回りも古いままだ。雪之丞一座は、大都市での定期公演や、年に数回程度、地方公演もこなすので、それなりの収入もあるが、それらは、必要経費、役者、スタッフらのギャラに消え、さらには若手育成のために力をそそいでいるから施設更新とはなかなかいかないようだ。人気の座ではあるが、ガードマンなどはおらず雑用をこなす老夫婦が住み込みでいるだけだ。座の公式サイトには、公演日時、場所、演目、スターのプロフィールのみを載せるだけでつつましいくらいで、ここがあの”目”で演技する大スター雪之丞の”原点”とは到底思いもよらない。
「お待たせしました。申し訳ありませんね。今日はなにか。。。?」。太郎はにこっと笑って、じっと座長の目をみて、「雪之丞さんには過日お世話になりました。これ、スタッフの方々と、召し上がってくださいな。」と持参した茶菓子箱を納めた。「これはこれは、、、、」と言いながら雪之丞は”太郎が別の目的で一座を訪問したこと”を気にかけ、太郎は太郎で ”あら いやだ! すっぴんもいけるわね、、、”と少し顔を赤らめた。
太郎がさっそくきりだした。「。。。。。。。」。雪之丞は「???・・・」「。。。。。。。」「・・・・・????」「。。。。。。。。」と何回か繰り返され ついに雪之丞が折れ、「わかりました」と。(説:ここのところの会話の内容は次作「③どら猫事件簿事件簿」であきらかに!)
太郎は帰り道、オシャム先生の病院に立ち寄りした。病院は総合病院で、ここ上越地域のなかでも結構大きい。専門は精神科医で、心の病を持つ患者に対し、”音楽・歌”を治療の一環としている。病院の受付の片隅にステージがある。ここでオシャム先生自らも歌うこともあれば、スタッフ、患者らの合唱も定期的に行われていて、太郎が訪問したときも、ちょうどオシャム先生のバリトンの美声が響いていた。病院の受付ロビーは他の患者や家族らで通路までいっぱいで、しかし皆が皆、静かに聞き入って、なかにはハンカチで涙をぬぐったり、顔を上に向けたまま無言でいる患者も見受けられた。太郎も入り口のところで、オシャム先生の美声に聞き入った。演目は、カーペンターズの「Yesterday once more」(昨日をもう一度)だ。
♪/////~~~ Just like before. It’s yesterday once more ///(前とまったく同じように昨日をもう一度)
オシャム先生の歌が終わって、静寂につつまれた。それぞれに感慨ふかそうだ。そしてひとりふたりと連れだってロビーを離れていった。
太郎は オシャム先生に声をかけた。実は失踪した子猫らを救い出したあと、心のケアをおシャム先生にお願いしていたのだ。
「先生!」。自然と、顔がほてってくる。オシャム先生は太郎より少し若く独身で長身でハンサムだ。太郎のずん胴とは好対照だが、太郎はオシャム先生を初めて見たときからひそかに思慕を募らせていた。呼び止められて振り返ったオシャム先生は甘いマスクを太郎にむけ、「おや 太郎さん。今日はまた?」。甘いマスクに腹に響くバリトンの美声だ。太郎は一瞬たじろいで、ちょっとのあいだ言葉を返せないでいたが、オシャム先生から「こないだのワケアリの子供たちのことですよね。。。?」。太郎はもじもじしながら下を向いて小さな声で「え~」と。オシャム先生は、急にしおらしくなった太郎をみてか、「ここではなんですから」と院長室に向かった。
「あ~ オシャム先生にはお世話になりっぱなしだわ~ ・・・」。太郎は”やしろホテル”に到着するまで、なんどもなんども思い出してはため息をついていた。ため息は、当該の子猫らのケアで、やはり数匹が重症でまだ誰も信用せず、心をとざしたままだと聞かされたことと、オシャム先生への思慕の情からであろう。ホテルロビーに入ったとたん、手持無沙汰のゲンゴローの姿をみて、太郎は現実にひきもどされた。
ゲンゴローはソファーにすわったまま、太郎をみてもすぐに行動しなかった。太郎はロビーの片隅にある支配人席に座って、しばらく書類など目を通し、目鼻がついたところで、受付の二―二のところに行って、ゲンゴローを見やって、「長くいるの?」。二―二はうなずきながら「おかえりなさい。おじさん、なにか落ち込んでいるかも。。。」と。太郎は「あの様子じゃ、ひまをもてあましているわね。ゾッド殺人事件の捜査がすすんでないようね。。。。」と、二―二にウインクしてゲンゴローに向かった。
ゲンゴローの前に立ち、ソファーに座っているゲンゴローにむかって、「あらゲンちゃん ひまそうね!」「。。。。。???」「こんなところで油売っていて、で、どうなの?いつもの元気は?」。ゲンゴローは太郎を見上げ、いきなり太郎にむかって「太郎様、仏様、おいらにお助けを!」と手を突き出し、手のひらを合わせ拝んでみせた。「あら、やだ!まだ仏様ではないから!」と。そしていきなり首根っこを大きな手でつかみ”ぐっ”と睨みつけた。ゲンゴローは 苦しそうに「グェツ! グェツ!」とことばにならない声をあげ、手を足をばたつかせた。ホテルを訪問していた客らは思わず足をとめ成り行きを見つめていた。太郎はすぐに手を緩め、「あら~ あたしとしたことがことが、ホホホホ>>。。。」と。ゲンゴローは「ひで~よ!いきなりだもんな」とすこし恨み声で答えた。
「で。?」「。。。なにか”お知恵を”。。。。?」。太郎は「あるわよ!」ゲンゴローは 「え!」と驚くばかりであった。 次回