(50)太郎の知恵。。。そのまえに

雪之丞

太郎はそのころ、ひとりで雪之丞を訪ねた。雪之丞は11月からの全国ツアーの準備に忙殺されていた。まだツアーまで1か月半ほどあるが、演出家、スタッフ、少し名の通った役者らとの演技の打ち合わせしていたのだ。太郎はしばらく待っているあいだ、若手の練習をみていた。前に来た時も感じていたのだが、古びた看板、少々、”がた”がきた練習場の壁や床、いや建物が古くなっていてトイレ、水回りも古いままだ。雪之丞一座は、大都市での定期公演や、年に数回程度、地方公演もこなすので、それなりの収入もあるが、それらは、必要経費、役者、スタッフらのギャラに消え、さらには若手育成のために力をそそいでいるから施設更新とはなかなかいかないようだ。人気の座ではあるが、ガードマンなどはおらず雑用をこなす老夫婦が住み込みでいるだけだ。座の公式サイトには、公演日時、場所、演目、スターのプロフィールのみを載せるだけでつつましいくらいで、ここがあの”目”で演技する大スター雪之丞の”原点”とは到底思いもよらない。

「お待たせしました。申し訳ありませんね。今日はなにか。。。?」。太郎はにこっと笑って、じっと座長の目をみて、「雪之丞さんには過日お世話になりました。これ、スタッフの方々と、召し上がってくださいな。」と持参した茶菓子箱を納めた。「これはこれは、、、、」と言いながら雪之丞は”太郎が別の目的で一座を訪問したこと”を気にかけ、太郎は太郎で ”あら いやだ! すっぴんもいけるわね、、、”と少し顔を赤らめた。

太郎がさっそくきりだした。「。。。。。。。」。雪之丞は「???・・・」「。。。。。。。」「・・・・・????」「。。。。。。。。」と何回か繰り返され ついに雪之丞が折れ、「わかりました」と。(説:ここのところの会話の内容は次作「③どら猫事件簿事件簿」であきらかに!)

オシャム先生

太郎は帰り道、オシャム先生の病院に立ち寄りした。病院は総合病院で、ここ上越地域のなかでも結構大きい。専門は精神科医で、心の病を持つ患者に対し、”音楽・歌”を治療の一環としている。病院の受付の片隅にステージがある。ここでオシャム先生自らも歌うこともあれば、スタッフ、患者らの合唱も定期的に行われていて、太郎が訪問したときも、ちょうどオシャム先生のバリトンの美声が響いていた。病院の受付ロビーは他の患者や家族らで通路までいっぱいで、しかし皆が皆、静かに聞き入って、なかにはハンカチで涙をぬぐったり、顔を上に向けたまま無言でいる患者も見受けられた。太郎も入り口のところで、オシャム先生の美声に聞き入った。演目は、カーペンターズの「Yesterday once more」(昨日をもう一度)だ。

♪/////~~~ Just like before. It’s yesterday once more ///(前とまったく同じように昨日をもう一度)

オシャム先生の歌が終わって、静寂につつまれた。それぞれに感慨ふかそうだ。そしてひとりふたりと連れだってロビーを離れていった。

太郎は オシャム先生に声をかけた。実は失踪した子猫らを救い出したあと、心のケアをおシャム先生にお願いしていたのだ。

「先生!」。自然と、顔がほてってくる。オシャム先生は太郎より少し若く独身で長身でハンサムだ。太郎のずん胴とは好対照だが、太郎はオシャム先生を初めて見たときからひそかに思慕を募らせていた。呼び止められて振り返ったオシャム先生は甘いマスクを太郎にむけ、「おや 太郎さん。今日はまた?」。甘いマスクに腹に響くバリトンの美声だ。太郎は一瞬たじろいで、ちょっとのあいだ言葉を返せないでいたが、オシャム先生から「こないだのワケアリの子供たちのことですよね。。。?」。太郎はもじもじしながら下を向いて小さな声で「え~」と。オシャム先生は、急にしおらしくなった太郎をみてか、「ここではなんですから」と院長室に向かった。

「あ~ オシャム先生にはお世話になりっぱなしだわ~ ・・・」。太郎は”やしろホテル”に到着するまで、なんどもなんども思い出してはため息をついていた。ため息は、当該の子猫らのケアで、やはり数匹が重症でまだ誰も信用せず、心をとざしたままだと聞かされたことと、オシャム先生への思慕の情からであろう。ホテルロビーに入ったとたん、手持無沙汰のゲンゴローの姿をみて、太郎は現実にひきもどされた。

Catタイムス ゲンゴロー記者

ゲンゴローはソファーにすわったまま、太郎をみてもすぐに行動しなかった。太郎はロビーの片隅にある支配人席に座って、しばらく書類など目を通し、目鼻がついたところで、受付の二―二のところに行って、ゲンゴローを見やって、「長くいるの?」。二―二はうなずきながら「おかえりなさい。おじさん、なにか落ち込んでいるかも。。。」と。太郎は「あの様子じゃ、ひまをもてあましているわね。ゾッド殺人事件の捜査がすすんでないようね。。。。」と、二―二にウインクしてゲンゴローに向かった。

ゲンゴローの前に立ち、ソファーに座っているゲンゴローにむかって、「あらゲンちゃん ひまそうね!」「。。。。。???」「こんなところで油売っていて、で、どうなの?いつもの元気は?」。ゲンゴローは太郎を見上げ、いきなり太郎にむかって「太郎様、仏様、おいらにお助けを!」と手を突き出し、手のひらを合わせ拝んでみせた。「あら、やだ!まだ仏様ではないから!」と。そしていきなり首根っこを大きな手でつかみ”ぐっ”と睨みつけた。ゲンゴローは 苦しそうに「グェツ! グェツ!」とことばにならない声をあげ、手を足をばたつかせた。ホテルを訪問していた客らは思わず足をとめ成り行きを見つめていた。太郎はすぐに手を緩め、「あら~ あたしとしたことがことが、ホホホホ>>。。。」と。ゲンゴローは「ひで~よ!いきなりだもんな」とすこし恨み声で答えた。

「で。?」「。。。なにか”お知恵を”。。。。?」。太郎は「あるわよ!」ゲンゴローは 「え!」と驚くばかりであった。    次回

 

 

(49)知らぬ、知らぬ、存ぜぬ!

警察はゾッドリストをもとに、代議士、事務次官の”一郎”の不正献金に絞って捜査開始した。このリストをネタにゾッドは見返りを求め、ゆすっていたかもしれない。それが殺害の動機となりうるからだ。”一郎”は自身では手を汚さないかもしれない。殺人を請け負うアウトローの雇い入れはお金しだいだ。殺されたゾッド社長の周りにはヒョウ柄の3兄弟姉妹がいて、ゾッドカンパニー社員の話では、会社で社長の周りに常にいて給与も払われていないから、ゾッド社長が個人で雇い入れたしいて言えば、契約使用人?ではないかとのことであった。自身をガードしないといけない何かがあったのだろうか?

ゾッドは一郎のところに不定期に面会していた。市役所の面会記録がそれを証明した。しかも”他2匹”と記録されていた。そして、市役所の受付では、その2匹はヒョウ柄のオスということであった。ここまではわかった。ヒョウ柄らがお金で動くということなら、一郎からひそかに依頼されて、ゾッドを葬ったかもしれぬ。それとヒョウ柄3匹を重要参考人として行方を追っていたが、ゾッド社長が殺害されたその日からぷっつり足取りが消えてしまった。

新聞記者のゲンゴローは、警察に詰めていてもゾッド社長の殺害事件の捜査が一向に進んでいないことに失望すら覚えた。ゲンゴローは「まいった。今日もスカ。スカでござんすね。まったく。。。。。」と独り言をはいて、急に思い立ったように「よっしゃ!」と大声でさけんだ。署員らは、おもわずゲンゴローを振り返り「。。。。」「ま、やだ」とか少しざわつき、顔見知りの捜査員が 遠くから「どうした。ゲンちゃん。ここ大丈夫?」と自分のおつむをコツコツとたたいた。ゲンゴローは「皆様 お疲れでんな~。へ~おいらもお疲れで~す。ここはゲンゴローは気分転換に行ってきます。おいらは、やしろホテルの看板娘を拝みにいってきますは!。へ~ ほなさいなら~」とくるっと背をむけて、警察署から出た。

ゲンゴローは ま ついでに太郎おばさんに会ってくるかな~ 何か知恵を授けてくれるかもな~、と。

「いた、いた」ゲンゴローはホテルフロントで受付をしている二―二に会いにいった。「二―二さん どうよ!」 二―二はにこっと笑って「オジサンいらっしゃい。でも。。。 どうよ!となんですか?」 ゲンゴローは、二―二の顔をまともにみれない。それほどまばゆく美しく成長した娘となった。「あ~ ん~ その~」と意味もないことばでごまかし、「ところで太郎支配人は?」 二―二は、「う~ん。。。とね、いい人んところ。」 ゲンゴローは思わず「エッ!」と吐いて、しばらくして「へ~ あのず~たいの年増がね~ 不思議なこともあ~るわいな。しかし、ネタにもならんか?」と ちょっと両手を広げおどけて話した。二―二は「おじさん、いけないんだ。茶化したらいけないんだ!」とゲンゴローを睨んだ。二―二にさげすまされた目でみられ、ちょっとバツわるそうに、「すまん すまん ちょっと滅入っていてね。例の殺人事件 ちっとも進展しないもんだから、。。。ついつい太郎さんに“お知恵はござんせんか?”と 馳せ参じましたのさ。」 二―二は、「おじさん おっかっしい。そっちは警察が調べているんじゃないですか?どうして太郎さんに知恵を?」 ゲンゴローは、気分転換のためにやしろホテルに遊びにきているから話がかみ合わない。

ゲンゴローはしばらくして「ところで 二―二さん知らないかな~ ゾッド社長の殺害事件にすっかり隠れてしまったけど、警察が動かなかった例の子猫らの失踪事件 あれは、どうなっちゃった?と、おいらが言うのもおかしいが、その後 さっぱりなんだ。編集会議でももしかしたら政治家からみの大スクープか?と社内でも期待してたんですがね?」といつもの口調に変わって話しかけた。 二―二は、ニコっと笑って、じっとゲンゴローを見つめ、「あたしも知らない。」と。そして泊りにきた旅する猫家族の応対しはじめた。ゲンゴローは話の相手にされず、ふてくされてロビーのソファーにもたれ、いつしか眠りについた。

政務次官の地元選出の一朗先生は捜査主任の警部の訪問を受けてゾッドリストの存在を知った。しかしそこは慣れたもので、しかし少し気色ばんで「君い、これは殺人の捜査なんだよね。じゃ何か?私がだよ、殺人の容疑者?。。たく、失敬な。よく聞けよ!俺は俺はな国政をあずかる事務次官だぞ!。そんな金は受け取った覚えがない。」 しかし「先生。これはゾッド社長が残したもので間違いがないんですがね。。。。ま、死人にクチナシではありますがね。このリストをネタに見返りを強要してきて、、、。先生への献金は、ずば抜けて大きいですが、先生は政治献金の収支報告もなされてませんし、、、、で、脅されて、邪魔になったとか、、ついには、始末したとか。。」とこっちもひるまない。捜査主任にとっては、なんのしがらみもない。公職にもかかわらず接待を受けたと潔くみとめた警察署長はすでに異動となったためだ。急な異動でまだ後任は決まっていない。このところの経緯は新聞各社でも”急な異動”はとりあげていなかった。署内に箝口令(かんこうれい)がひかれていたためだ。

一郎は「何を!!貴様! 言うにことかいてでたらめを!失敬な!! 知らぬ、存ぜぬ。帰りたまえ!!実に不愉快だ。君い!このままで済むと思うなよ!」と暗に警察庁TOPに圧力を匂わせて、ついに癇癪を起し席をたってしまった。捜査主任は潮時とみて、「では、また。今日のところは帰ります。気が変わられましたら、ここまでお電話を!」と。名刺をテーブルの上に置いて立ち去った。

一郎は内心おだやかでなかった。ゾッドは用心深いからリストや日記をつけているはず これは最初から読んでいた。ゾッドに不都合があればきっとこれをネタに見返りを要求してきただろう。もちつもたれつだ。働きかけの報酬だ。ま、ゾッドリストは一郎にとっても想定内でどうってことはない。ゾッドからの献金はすべて裏金で、このお金はすべて党内の運動費用にあてられてきた。所属党の金庫番でありたいために運用してきたのだ。見返りは永久比例名簿の上位と永久事務次官の地位だけだ。一郎の政治は人を操ることだ。お金をつかっても大臣になりたいというご仁はごまんといる。同じ党員から大臣になりたいから推薦がほしいといって、やはりお金が動く。一郎のバラまいたお金はすべて何かしらの形で戻ってくるのだ。

さらに一郎は自問した。

だれが殺人を?やはり一癖も二癖もありそうなゾッドの用心棒たちか?。飼い犬に手を噛まれたか? ”フフフフ。。。” 狙いはゾッドの金か?ゾッドは何を用心していたのか?。儲けの多い非合法な取引?としばらく考えこんで、 ”ン?” 思い当たることがある。例の子猫の失踪さわぎだろう。だまって見過ごしてもらえるよう税関に手をまわしたが、殺処分前の子猫らを救うという慈善事業でカモフラージュされていたから、表向きの働きかけも問題ない。ついでに、あっちこっちからかっさらってきた子猫らをまぎれこまさせて、その分の別代金をバイヤーから直接受け取っていたわけだ。結果的に違法なゾッドの裏仕事を見逃したことになる? しかし見返りとしての裏金は大きく膨れ、ほぼ1年続いた。

逆のことも考えられる。ゾッドの命令でこの俺を抹殺することも容易だったのではないか? 。。。。。”まさしく死人にクチナシ、か。” と、小さくつぶやいた。ゾッド献金の多くは自身の金庫にいれている。銀行も使わない。このお金が差し押さえられるとまずいな。ゾッドの指紋は残っているだろうから。早く土地などの売買契約をして現金をなくそう。しかし金蔓(かねづる)がな~、、、痛いな~。

さすが歴戦練磨。動じない。ゾッドとくらべものにならない巨悪がここにある。

次回 太郎の知恵