(42)二―二 圧倒する躍動感

ゾッドカンパニーでのオーデションは、フリーのスカウトや家族、知人なども会場で見ることができる。5匹の審査員は、演出家、振付師、作曲家、女優、歌手で、ゾッドカンパニーと縁が深く、それぞれの分野で少しは名をはせている面々だ。今回は、特別にカンパニーの企画ものとして、オス、メス それぞれに 3~7人程度のユニットを新しく売り出すこともあらかじめ周知されていたから、全国からタレントや、俳優を目指すものらに加え、踊れる歌手を夢見て集まってきた若者も多い。人間で言う中学生~高校生の年齢の年頃が一番多い。応募が多数あって、書類審査を通過した50匹がエントリーしている。

二―二はというと、太郎とゾッドカンパニーに事前訪問したことがあったので、その時、応対した担当者は一目で二―二のタレント性を見抜き、その担当者の推薦枠から、なんなく書類審査を通過し本選に参加できた。

10匹づつ1組(ひとくみ)として、オーデションが始まった。審査員らは書類をみながら、質問し、場合によっては短いセリフを渡し演技を求めたり、得意な歌やダンスなど、そして何よりも志望動機を丹念に聴いていき、そしてそれぞれが、持ち点内で採点していく。特に印象が強ければ何事かのメモをして総合審査結果に反映させるというものだ。1匹の持ち時間は約5分の計算だが、たいがいはオーバするから、朝方近くまでかかる。会社の食堂で、無料で飲食ができる。志望者にとって待ち時間も長くなる。仮眠もできる部屋も特別に用意されているし、医師、看護婦なども配備されている。猫族は本来、夜行性であるからこの程度の長丁場はまったく問題ない。

雪之丞一座の出番は前半4組目が終わって、そして夕食休憩が終わったあとに予定されている。雪之丞らは準備に余念がない。大スターにはいささか貧弱な楽屋があてがわれたが、文句を言うスタッフを制しひたすら準備にとりかかった。だから担当者もこないから同行した影軍団は造作もなく抜け出て別行動ができた。

来賓らは豪華な弁当をいただき軽いお酒も出る。役所関係の来賓らはこのSHOWを観てから帰っていくのが慣例となっている。もちろん少し多めのタクシー代をしのばせた菓子箱を持たされ上機嫌に帰っていく。二―二は前半最後の4組目に登場だ。

二―二の組の審査が始まった。もう夜中の10:00を回っている。二―二はおかんの手作りの空色のベトナム女性の正装のアオザイ”風”のワンピースを着こなし、長い黄色の鉢巻をしている。腰には赤い細帯だ。番号は38番。

二―二の容姿は極めつけで、少々疲れてダら~ンとした会場の雰囲気が一気に引き締まった。審査員らは深く座っていた椅子から乗り出さんばかりに食い入ってしまっている。それもそのはず、審査に入る前から二―二はバックに流れているリズミカルなラップ・ミュージックでからだを動かし始めていたからだ。二―二にとっては前運動のつもりだが、同じ組の志望者が、その前運動に驚き、なんと後ろに引き下がって、二―二がただ一匹スポットライトを浴びてしまった。会場が騒然としてきた。太郎のそばにいつのまにかやってきた新聞記者ゲンゴローも、「アチャ~、もうオーデションもないわな!どうしちゃッ。。。。”ゴックン”」と思わずツバを飲み込んでしまった。太郎は二―二の格闘技のほかにダンスの天才でもあることを偶然にも知ったばかりで、「ま~見てて」とゲンゴローにささやいた。報道やファッション誌などのカメラマンたちが二―二をとらえようとシャッターを切り、まばゆいフラッシュが飛び交った。

会場の騒ぎが粗末な楽屋にも聞こえ、雪之丞らもステージ脇に急いだ。そして、二―二の後ろ姿を見て納得したのだった。

「あ!」「え???」小さな声でそう叫んだのは、ヒョウ柄の片腕のパンだ。”別人なのか?。。。。。。” にわかに信じられないようだ。そのまま呆然と成り行きを見守るしかなかった。

順番をまたず、突然二―二の演技が始まった。バックはラップミュージックのままだ。最初に長い左足を少し交叉するように前にだし、それから腰に組んでいた右手をまっすぐ上にたて、さらに一刺し指で天を指す。顔はすこし遅れてまっすぐ天に向けポーズをとった。すぐに軽いステップを前後左右に振り、左足を軸に右足を2時方向にあげくるくると高速回転したのだ。右足が次第におろされ”ドン!”とステージが響き、大ジャンプ、そして宙返りをしたのだ。あの必殺技”宇宙飛び”の発展型だ。

アオザイは両脇が割れたベトナムの女性の正装だ。おかんはこれをヒントにアレンジしてある。長い脚と胸のふくらみが強調されて、肌の露出は少ないものの、なんとも目のやり場にこまる。少女からすこし大人に成長してきた二―二は若い花咲く寸前の色香がでて実に悩ましい。審査員の振付師は体を乗り出し立ち上がった。そのほかは座ったままだが、口がポカーンと開いたままだ。ゲンゴローも目を疑った。なんとなんと二―二が今までみたこともないダンスを披露している。圧倒的な躍動感に満ちている。せわしなくメモをとり、相棒のカメラマンをせっついた。カメラマンは「わかってる」と言って他のカメラマン同様、前列にいそいだ。

”クルクル”と回転するたびに、頭にきつく縛られたリボンが、波を打ち、ひらひらと残像を残すように揺れている。スポットライトは動きについていけず、途中からステージを少しだけ明るくした雰囲気に切り替えられた。会場は静まりかえった。バックのミュージックだけがリズミカルに会場に響き渡り、ときたま””トン””ドン!””スー サ”と二―二の足音がミュージックと同期して聞こえる。ミュージックも終わりに近づいて、ついに”エイッ”と声が発せられ、決めポーズが決まって演技が終了した。もう二―二のオーデションではない。二―二のSHOWが終わったのだ。二―二は再びスポットライトを帯びて、まばゆい笑顔とお礼を済ませたらさっさとステージから引っ込んでしまった。会場は余韻を楽しむかのように静寂に包みこまれた。ついに「ブラボー」とだれかが叫び、割れんばかりの拍手が起こった。興奮はながく続き、いったん10分の休憩をしそのあとオーデションを続けるとアナウンスがあった。

ひとり社長室のゾッド将軍は落ち着かない。不安でたまらないのだ。何かがおころうとしている。かゆい、かゆい、体じゅう痒いのだ!

その様子をそっとヒョウ柄の兄弟が部屋の外から見ていた。ヒョウ柄の関心は金庫の中身だけだ。うなるほど裏金が詰まっているのだ。

一方、チロ、大輔、チビクロが行動に移した。チロは戦闘服から仕事着に着替えている。チロは肥やし集めを生業(なりわい)としている。「おっとごめなさいね~ 肥やしを今晩中に集めて処理してくれと言われましてね~。さてトイレはどっち?」と、少し頭が軽い見張りの兄ちゃんに近づいた。もう子猫らは専用コンテナーに入れられている。                 次回

 

(41)失踪子猫たちの船積

ゾッドカンパニーのオーディションが始まった。ゾッドカンパニーではイベント興行部が中心だ。まず興行部部長が挨拶にたった。ゾッドカンパニーの審査員5匹や来賓をすばやく紹介していく。市長、市議会議員、市の観光課担当などカンパニーと深い関係の役人、役所の面々だ。ファッション誌、専門誌などの記者なども多数招かれている。いわゆる”さくら”記事を載せてもらうためだ。報道機関などもまねかれ、公共紙上でも宣伝を怠らない。そういったファッション、専門誌などにはタレントのプロフィールなども配布されている。役所関連、”さくら”記事掲載のファッション誌、専門誌担当者らには交通費・タクシー代と称して、菓子箱となにがしかの現金が忍ばせてある。領収書不要の小さな裏金だ。手抜かりはない。これが慣習だからだ。だからこのうまみを知った面々はせっせと便宜をはたらき、毎回毎回同じメンバーが集うことになる。会社からの出張手当とは別のおこずかいだ。ゾッドカンパニーのロビーには、未来のタレントたちが会場の裏手に集まったころから、地酒、有名な菓子などが並べられ、必要なら領収書も発行できるような”憎い演出”もある。お土産は普通は自腹だろうが、たいがいの役職者はこれを会社の経費(福利厚生)で処理できるから、腹をいためなくてもよいからだ。その際、金額を上乗せしてほしいという”やから”も出てくる。差額を会社から自分の懐(ふところ)にいれる算段だ。小さな経費の水増し請求だ。これも暗黙の了解で慣習となっている。

一方、2匹のヒョウ柄が睨みをきかし、こわもての兄ちゃんやメス猫も含むヤンキーら10数匹だろうか、捨てられた子猫たちや、ペットショップで売れ残った少し大きめの若い子猫たちを、動物用コンテナーに誘導している。100匹近くいるであろうか?いつもの取引の倍近くだ。もちろん病気にかかったものはいない。病気もちは、あらかじめの健康診断で✖を受けたものは保健所送りで、こうなるともう生き残る術(すべ)はない。人間の都合で”処理”ということだ。もっともゾッドカンパニーパニーの裏の仕事は、殺処分を少なくするという”美談”になってしまう。

子猫たちには これから何がおこるのか不安でたまらない様子だ。小さなグループになって固まっていて、泣きわめいているものもある。監視役は、なだめたり、脅したりしてコンテナーに誘導しているが、ヒョウ柄の長兄ピンと弟のパンは容赦ない。「なにやってんだよ!」と棒や鞭(むち)で地面をたたいて脅す。子猫たちはしゃがみこんで泣きわめくのだが、今日のオーデションの日は会場の騒音に消され、悲鳴はむなしく夜空に溶け込んでしまっている。

この様子を、影の軍団のチロ隊長、大輔副隊長、チビクロが遠くから目撃していた。すでに戦闘服に着替えしている。忍者剣も一振り、背中にしょっている。危険なやからは、ヒョウ柄2匹とみてよい。こわもて兄ちゃんらは日雇いだろう。きちんと戦闘訓練受けていないから体ごとぶつけてくる鉄砲玉だ。こちらはあまり警戒する必要はない。「さて どうするか?」状況が確認できれば、作戦をたてることにした。隊長らは、現場を抑えたなら、子猫らの救出を任務とする。妨害があれば密かに”抹殺”を太郎からもらっている。抹殺対象は ヒョウ柄2匹に絞った。

太郎は二―二を会場裏に送り出して、会場の同伴者席に着席した。ゲンゴローがウインクしてきてきた。太郎はニコニコとしながら黙礼した。ゲンゴローはチロ隊長らの影の動きを知る由(よし)もない。と、太郎は見覚えのあるヒョウ柄を見つけた。末妹の”パン”だ。会場の真ん中横の出入り口ドア付近にひっそり立っている。左腕を失って片手だ。二―二と戦って深手を負ったのだ。

会場はほとんど真っ暗でスポットライトだけが、一段上のステージを照らしている。ガンガン盛り立てる音楽が流れていく。太郎はステージをみることもなく、遠くからヒョウ柄の表情を読んだ。ドアが開かれるたんびに通路の電灯のあかりが差し込み、一瞬ヒョウ柄の顔を確認できるのだ。冷めた残忍な目は変わらない。片腕。まだ傷が癒えていないのか、ただそこに居るだけだが、二―二がこのあとオーデションに出るからどう動くか注視していかねばと思った。二―二はそのヒョウ柄との激闘を制しているのだ。顔を覚えているに違いない。

ゾッドカンパニーのゾッド社長は会場に出向かず、社長室にひとり葉巻をくゆらせていた。不安感はつのるばかりである。手の甲だけでなく背中からもかゆみが出ている。これはゾッド自らに危険が差し迫っているという合図だ。「ゴホ、ゴホ、ゴホゴホ」いつもの空咳もはげしい。ゾッドはなぜか若いころを思い出していた。血塗られた歴史だ。”なぜこんなことを思い出すのか?””このかゆみは?”

札束や有価証券、謎のカギの入った金庫をなんとなく見つめた。ゾッドにとって金庫の中身は彼の人生そのものなのだ。どうであれ、働いて、働いて、働いて、これらの中身と不健康な体だけが残った。  次回 圧倒する二―二のステージ