始まり プロローグ
これは どら猫=のちに家人(かじん)から”太郎”と命名された やや年増で多毛系のメス猫と、もともと生まれてまもなく家族になったピチピチギャルの”二―二”を中心に繰り広げられる痛快事件簿です。舞台は、実在する新潟県上越市某所にある小さな小さな社(やしろ)で 旅する猫らのホテルとして利用されているという設定となっています。
作者は物語にも登場する家人の”おとん”で、クラシック音楽をこよなく愛し、物語には随所に 精神科医オシャム(しびれるバリトン)が歌うオペラの名アリアなどが盛り込まれています。
イラストは現役イラストレータ 室長(むろなが)サオリさんのもので、なんとなんと作者とは父娘(おやこ)関係にあります。
価格:734円 |
どら猫事件簿 ビギンズは 主人公 太郎、二―二 そして家人とのかかわりの経緯や、二―二が サイコパス”ブラッキー”との闘いで 天才剣士に覚醒するというものです。
1 どらとご主人(おとん)との出会い
3月はじめ、上越市の某所に住まいする家人の家では、庭や隣接する畑にはまだまばらに雪が残されていた。この家のご主人が畑で大根を掘り出していたのだが、わずかに雪のとけたクチナシの根本(ねもと)からご主人をじっと見つめるなにかがいた。「何かな?」「たぬきかな?」「それにしても大きい」
大根を収穫して、家に戻ろうとしたときはその何かはクチナシの根本にはすでにいなくなっていて、「やっぱ”たぬき”かいな」と。この界隈は新興住宅地で田んぼや野原を切り開いたのでいまだにその名残りがある。たぬき、キジ、へび、ねずみなどが結構な頻度で目撃されていたからだ。
数日後 雪もほぼ解けて再び畑に行くと、しばらくしてその何かがご主人の近くによたよたと近寄ってきてちょこんと座ってまたしてもじっとご主人を見つめる。これにはご主人も思わず 「お前!たぬきでないな~!」
その何かは突然身構え、「シャー!」と大きな口をあけて、いかにも大きな両前足のするどい爪を出し入れしながら交互に足踏みをするではないか。。。典型的な猫族の威嚇ポーズだ。
ご主人はそれでも「お前 猫か!それにして多毛だな。。。フムフム ちっちゃなオスライオンか?たてがみがあるな~。オスかメスか、多毛だからわからん!」、と。ふたたび「シャー!」と威嚇する。「人間不信か?。。。そうか腹が減っていようなー ここで待ってろや」と。
しばらくしてご主人が煮干を数匹もってきてくれて、「そらよ!食べたらよそへいくんだよ!」と放り投げた。大きな茶トラのドラは一目散に煮干にがっつく。よほどおなかがすいていたのだろうか?味わうこともなくガツガツと一気に食したのであった。しばらくして落ち着いたのかその場で毛繕いしていたのだが、ご主人の畑の作業が終わるころには姿を消していた。
ご主人の家には先住のまだ幼い(3カ月目)メスのキジトラがいる。大きな多毛の茶トラ、いかにも大食漢(たいしょっかん)で人間不信とくれば、気の毒だが2匹目を飼うことはできない。この幼いキジトラは 二―二と名付けられている。この二―二は東京に住むご主人の娘から、「生まれてまもない捨て猫を拾ったけど、数匹いた兄弟姉妹はなんとか飼い主が見つかったが、最後まで残って引き取りてがない」というのだ。「ニャーニャー」と一匹、か細く泣く子猫を見かねて娘自身で引き取るということになり、しかし、東京のアパートでは飼えないから、とどのつまり、新潟上越市の実家で飼うことになった。 次回につづく
2 自由か、はたまた安定食住か??
それから10日ほどして穏やかな春の気配がする4月はじめ。朝10時ころか?畑には秋、冬の間に収穫残りした白菜にトウ(茎)が立ち、つぼみもふくらんで、ご主人はこのトウ菜(な)をせっせと摘んでいる。およそ1.5mの雪に耐えて耐えて、甘味が増しているからだ。ゆでておひたしや胡麻味噌和えにするのだという。わずかな 苦味と上品な甘みがともない、春を感じる絶品のひとつで、食卓や酒の肴(さかな)には欠かせないのだ。いまは独立した3人の娘たちも楽しみにしている我が家の味でもある。
おかん(母)は、ご主人の前の道路の端っこでご近所のおばさんらとあれやこれやと いつ終わるともしれない話をしている。通勤とかお買い物用のアスファルトの生活道路なので車の行き来が少ない。おかんもようやく長い冬が終わり心もはずむようだ。まだまだ肌寒いのだが、おだやかな陽気に誘われたのか、腕には、かわい首輪をつけた二―二をだっこしている。二―二にとっては、外の世界には興味しんしんといったところか。
突然、おばさんの一人が、「あそこ! ほら!」。おかんが振り向くと、おとんから聞かされていた”たぬき”そっくりの猫がのそのそ近づいてきて、おばさんたちには、ちょっと挨拶のつもりなのか、突然、太いふさふさのしっぽピンとたてて、それから ゆっくり歩く方向を変え、なんとご主人宅のリビングの大きな窓の前の濡れ縁(ぬれえん)にちょこんと猫すわりするではないか?
いまから思えば、その”たぬき猫”は勝負のつもりであったかもしれない。安定 食住を得るために。。。。。 つづく
3 狸猫 ひょんなことから太郎と命名。身分は野良猫のまま。
近所のおばさんの一人が 「ちょっと! ちょっと!!」と言って、ご主人宅の濡れ縁にちょこんと猫すわりしている茶トラ(こげ茶)をさして、ちょうど畑から戻ったご主人にむかって「のら猫じゃない?首輪もないし、、、、」と。
ご主人は、その茶トラに気がついて「おや 久しぶりだな。家はどこだい?」と声をかける。と、その茶トラは 濡れ縁から飛び降りて、ご主人の足にすり寄るではないか? が しかし、すぐに離れて、「シャー」と威嚇してくる。「よほど人間不信だな~」と。ご主人が、観察しようと、少し近づいて、しかし逃げない。威嚇ポーズしたままだ。毛並みや体の状態は、毛深いがそんな荒れた状態ではなくきちんと自己ケアしている状態と見てとれる。猫は一般に”きれい好き”である。しかし生活があれると、脱毛したり、不快臭を放つが それらはなさそうだ。どこかで飼われていたことには間違いはないだろう。年齢的には3~4歳程度。もっと行っているかもしれない。が、もうじゅうぶん大人と言っていいだろう。オスかメスか? オス、メスどちらにせよ、去勢されているかどうか?。たまらず、「毛が多すぎて、どっちかわからん」。おかん が、「寒い冬を越してきたから毛がふさふさなのかしらね。。?」。近所のおばさんはというと 「ふさふさしていて(一物(いちもつ)が)揺れて見れたわよ! きっとオス! オスだから”太郎”」。この近所のおばさんの一声(ひとこえ)が。。。いまだになんでそうなったのか?。。。なんとなく オス 名前は ”太郎”ということになった。近所に出没するということで名前が付けられた。身分は野良猫のままである。
おかんとおとんの心配はこうだ。1)飼い主がさがしているはずだ。2)オス、メスの性別は? 3)病気など とくに皮膚病や化膿傷、4)寄生虫 のみ 虱(しらみ)ダニなど 4)去勢は? ま、腹が減っていいそうだから、煮干でも、と。
その日はそれで終わった。
4 ごめんなし~
ご主人宅の狭い庭には、新築記念ということで、およそ20年前に、ソメイヨシノ1本が植えられていて、枝ぶりも立派で庭でお花見が楽しめる。幹の太さは25センチくらいか?ここ上越市には日本三大夜桜の名所として高田城址公園がありご主人宅の桜はご近所のかたたちにとっても城址公園の花見のめやすとなっている。のちに、この桜の木は二―二にとって、木登り、ジャンプといった剣士としてのトレーニングの場を供することになる。
太郎と名付けられた迷い猫はというと、ご主人宅の庭の隅に、長く伸びた枯れ草が、と、いっても、もう緑がめばえはじめているが、新緑のにおいとともに、ちょうどいい寝床になっているようだ。丸く押し固められていて、雨が降らないときはここで寝ているようだ。心配した尿、糞は、どこかですましていてご近所さんからもクレームはなく まず ひと安心だ。周りの畑や”やぶ”などですましているのだろう。
桜が終わり、梅雨もきて、じとじとと湿っぽい季節になってきた。リビングに通じる大きなガラス窓のある濡れ縁にちょこんと猫すわりして”おかん”からの、エサをおねだりするのが日課となった。先住の二―二とガラス窓越しに”顔見知り”となって、なんだか、人間不信のときのすさんだ顔つきが柔和になったように見える。
”ごめんなし~ ” 小さな声だがでいつも合図をする。「へ~ 挨拶するんだね。。」とおかんが言う。 つづく
5 あら~ また残したのね~ いただくわよ
二―二は、いまだに幼児食だ。だからご主人宅には太郎がエサをもとめてもその幼児食を供するしかない。ときたま、ご主人は「それではものたらんだろ。」と、出汁用のいわしの煮干し(にぼし)をポンとお皿にいれてくれる。太郎専用皿が濡れ縁に準備されたのだ。太郎以外のノラ猫や、カラスなどに、食べ残しなど狙われるかもしれないが、常に完食であるのでその心配はまったくない。
二―二はつんとすまして、太郎の食べっぷりをいつもみている。これだけの大食い(おおぐい)に唖然とするが、からっぽのエサ皿をみては、おかんの顔を チラッ チラッと ただただ無言で繰り返す。普通はもっと欲しいと 「ニャオ~」 だろう。
「おっかしい! この子は」と おかんもおとんも思わず微笑む。
梅雨がおわったころに二―二のエサは幼児用でなくシニア(おとな)用になった。噛む力がまして、カリカリとおいしそうに食べるようになった。
その年の夏は気温があがって、さかんに熱中症警報がひんぱんに出ている。二―二も太郎も夏毛になっているはずだが、太郎とは言えば、夏バテもなく安定な食事なせいか、ますます毛がふさふさして、まるまると胴体が大きくなってきたように見える。二―二は暑くて食欲がでない。だから室内にある二―二用の皿にはいつも食べ残しがある。
ついに太郎が”禁”を破った。おかんがなんども涼しい室内で食べるように促したが、人間不信なのか、かたくなにリビングに入ろうとしなかった。しかし、、、二―二の食べ残しの誘惑に ”ついに”折れた。
きょろきょろとあたりを見回して、まず右の前足をちょいとリビングの床に乗っけては引っ込めを数回くりかえし、無言でチラッチラッとおかんとおとんの顔をみて、わずかに 「にゃ~」一目散に二―二の食べ残しに向かったのだ。
「あら~ また残したの?いただくわよ~」と。
お気づきになられたでしょうか?。そう 太郎 実はメスであることがわかった。しかも少し年増、熟女。太郎という名前 どうしようか? え~いい このままでいいんじゃないかえ~ ご近所でも周知されているし~。(ま、いささか乱暴だが。。。ご主人も能天気なもんだ。)
6 え!青色の首輪? あたしおんな おんなよ!
二―二の食べ残しをきれいにたべた太郎は、そそくさ と 再び外へ。「あ~!食った食った」と両前足を前にのばし背を逆そりさせて そして大きなあくびをして、そしてまた、ねぐらへ。これが太郎の新しい生活のルーチンとなった。
二―二はまだ幼い。太郎の体格は数倍もある。二―二にとっては、恐ろしく、とてもかなう相手でもない。それでも負けん気が強いから、この新人?珍人?に右前足で「何よ、ず~ず~しい」と太郎からみえない後ろから猫パンチをだしてみるが、すんでのところで、気配を感じた太郎から「グイッ!」と睨まれ「なんでもない なんでもない」とそっと静かに振り上げた”手”を置くしまつだ。おかんもおとんも笑ってみている。
そうこうしているうちに、太郎の威嚇ポーズもなくなり、顔がしだいに穏やかになってきて、少し人間不信も落ち着いたかな~の感があった。ある日 おかんから太郎に首輪がプレゼントされた。青い首輪である。首回り大きくて、特別におおきいものをということであちこち探しまわったそうだ。おかんが、「さ~ 新しい首輪をしてね。」と、太郎は思わず「にゃお~ん にゃお~ん」と。
おかんは「そうかそうか うれしいか よかったね。」 おとんからは 「さあ、家族の一員だ!」と。
「え!青いの やだ!やだ! あたし おんな おんなよ」
7 「あたしミステリーが好き。」「二―二はね スポーツが好き。」
夏も終わりになりご主人の畑には秋桜(コスモス)が乱れさくようになった。ピンクが多いが、白や鮮やかな赤もまじり、ミツバチなどがせっせと蜜集めしている。風に乗って同じ方向をむいた赤トンボが飛び、二―二はさかんにジャンプしてなんとか捕らえようとして遊んでいる。だいぶ体つきは大きくなってもう人間でいうところの少女ということか?太郎も畑で草むしりしているご主人を、こちらはミョウガの茎(1mにもなる)が繁茂しているところの日陰で居眠りだ。そこへ二―二が近づいて、「あははは!おっかしい。青い首輪ね!と」。太郎はすかさず「うるさわね!小娘が!」。。「かわいいからといって許されないわよ!」と。
このころになると、おとんもおかんも太郎と二―二の性格がわかってきた。二―二はおかんにべったり。スポーツ中継で激しい動きのあるJリーグをみている。ときたまテレビにむかって猫パンチをだしている。
太郎は、おとんのそばがお気に入りで特にひざの上だ。ご主人の部屋には、アンプとスピーカーなるものが何台もおかれ、おもにクラシック音楽を聴いている。ひまがあれば、コーヒーしながら、読書しながら、パソコンしながらである。「へ~どこがいいの?そう、あたしには別世界、別世界よ!」と。
たまにご主人もTVをみることがあるが、BS放送のミステリーの再放送ばかりだ。太郎もミステリーがすきだから、ついつい見てしまう。
それにしても宣伝時間長いな。。。。 安い広告費なのだろうか?若返りのグッズやサプリメント、便利グッズなど。そして決まりごとのように、”今から30分以内の特典として、おまけ付けます、値引きします。”と。しかし30分以内なのに、別のチャンネルかえてもまたしても全く同じ商品の宣伝もあるから、太郎が、「いったいどういう仕組みかしらね?これじゃ~永遠に30分以内ね」とまじめに聞くと、「ま、それが常(つね)よ!」と、とんちんかんな返事があって、これには太郎もいささか唖然としながら、「ふ~」と息を吐いて「。。聞く相手が悪かった。。。」と。太郎からみてもご主人の能天気な性格がわかってきた。
8 「スケッ!」てなに? 「こうすることさ イヒヒヒヒヒ。。」
秋がすこしずつ深くなって、放置された畑や、もともとの野原には、いまやススキが穂をだしている。また草丈が1.5mもあろうか、濃い黄色い花が咲いている。小さな花が泡立ってみえることから”セイタカアワダチソウ”というそうな。一面 まっ黄色だから、”わ~きれい”ということだろうが、繁殖力がことさら強く、いまのままではススキも席捲(せっけん)されかねない。しかし猫らにとってはここらは良き狩場である。太郎はノラであったから、食事はもっぱらこの狩場であったにちがいない。
ご主人宅からは少し離れているが、狩場にかこまれて小さな古びた社(やしろ)がある。立派に”xx神社”と名前がついていて山梨にある本社(大社)の何千もある支社のひとつだそうだ。幹の直径が70cmくらいあるだろうか大きな杉が周りに植えてあり、それらの枝や葉があまり手入れもされていないためか、ひっそりとたたずむ社(やしろ)におおいかぶさって、昼間でも薄暗い。が、村人たちが定期的に草むしりしているから、社のまわりは広場となっていて、太郎の散歩はもっぱら狩りをかねてこの社のまわりだ。二―二も行動範囲が広がってきて、古びた社は恰好の遊び場になったようだ。
”ブラッキー”が夕方 突然おそってきた。「ギャー」といままでない悲鳴をあげて二―二が家に逃げ帰って、おかんの後ろにかくれて震えている。「あ~」「う~」とことばにならない。太郎も異変を察し、さっそく窓際に近よっておそるおそる外をみまわし、「。。。グッ」とおもわず唾をのみこんでしまった。ご主人の車の下にランランと異様に輝く2つの目を見つけたのだ。あたりはすでに暗く、目だけがぎらついている。太郎が突然、「ゥウウ、、、」と低いおおきな声でうなり、間髪いれず、すこし甲高いうなり声が車の下からあった。今にも太郎に飛び掛からんとしている。にらみ合いのうなり声はご近所めいわくだがおかんとしては、窓を閉め、ブラッキーが家にはいらないようにするのが精いっぱいだ。
おとんも気が付いて、自分の部屋から飛び出して、車の下をのぞいてとにかく追い払おうとするが、「シャー」と牙を向けて、なかなか引き下がろうとしない。ノラだ。しかもかなり危険なやつと直感し、距離をとらざるをえない。ついに、おとんが竹ぼうきをもちだして、ばたばたして、ようやく逃げていった。少し後ろ右足がびっこだ。
おとんは、どこかケガでもしたのだろうか、痛々しいとは思うが、ああ攻撃的では”いかれている””としか思えない。なんらかの事情で精神をやんだか?が、しかし二―二にまた近寄るにちがいないな~。どうしようか。。。。あれはサイコだ。遠くへ離れていってほしいが。。。。。 どうしようか。。。。
二―二はすこしずつ みんなに何があったか話はじめた。突然、見知らぬおじさん(ブラッキー)に声をかけられ、「おい、ねーちゃん。スケッにならねー?」てね。「おじさん”スケッ”てなんですか?」と聞くと、突然 突然 突然抱きついてきて、「こうすることさ いひひひひひ。。。」と抱きつかれて。。。。「もう口がくさいし、よだれがでていて、、、、、」と。思い出したのかまた涙ぐんでショックを隠せない。
太郎は、「ブラッキー さーて、どうするか?だ。 思案せねば、、、、」と。
9 「む~~ フ 不覚」
いつもは3食かかさず外からお家(うち)に戻っていた太郎が、ここ3日間姿をみせない。近所のおばさんが家の前の道路でおかんと話し込んでいて、「そういえば、太郎ちゃん、ここんところみないわね。どこかに新しいスポンサでも。。」と言ったところで、少し離れたT字路のかげからヨタヨタと姿を見せた太郎に気が付いた。いつもはしっぽをおったてているのにダラ~ンと下げたままだ。ようやくお家の前の駐車スペースに体を横たえて、明らかに異変を伝えた。が、おかんとおばさんは話に夢中だ。
いつもは、二―二がすぐに近寄って、「どうしたの?」と気使うはずだが、二―二も体調がすぐれないのか、食欲もなく横たわって寝床でまるくなって寝てばかりいる。おとんとおかんはまだ気が付かないでいるが、実はブラッキーに噛まれたところが化膿し始めていたのだ。
ちょうどそこへ会社から帰ってきたご主人が、駐車スペースに車をいれようとしたが、いっこうに太郎が動かないので、ご主人も異変を察したらしく、車をおり、太郎にむかって、「お! 太郎、お前も元気だな~ 悪所へ行ってきたんか?」と。「ちがわ~、悪所ならもっとすっきりしてら~! 」とやりかえす。「お!その調子!。なになに、、、、、」と太郎の顔をみたり体のあちこちをじっと観察しはじめた。そのころ、ようやく話を折って、おかんもおばさんも様子をみようと太郎に近寄ってきて、おばさんが「あらま、ひどいわね。顔におおきな傷があるわよ!ま、男は、傷も勲章だから、、、、」と。太郎はそれでも少し意地をはって、「にゃお~ん。傷つくし~ あたい おんな おんな、かよわいおんなよ」と。おとんは、「顔に引っかき傷が3つ。首のところに噛み傷か。がぶッとやられたな~ ま、少し血がでてるが、人間の切り傷用の薬があるから塗ってやるね! 油断したな~。先日のブラッキーだろう!それでどこかに隠れていたか?」と
太郎は 思わず 「ぐすん。。。 フ 不覚、、、」そのまま何もいわなくなった。おとんは太郎を抱き上げ、うちのなかに入り、太郎の寝床にそっと寝かせた。 (太郎も心配だが二―二はもっと深刻になりつつある、、、)
翌朝、太郎はすこし落ち着いたのか噛まれた傷を丁寧になめて、顔の引っかき傷を前足でなでている。しかし時々そのしぐさをやめ、思い出したように「。。マジ 怖えー、震えがとまらない。」
しばらくしてから、朝ごはんも食べ、水をたっぷり飲んだ。この調子だと回復は早そうだ。
二―二はまったく食欲をなくし、なかなか2階にある寝床から起きてこようとしない。ついに様子を見に行ったおかんが、「あら たいへん。噛まれていたのね~。首輪の下だったからわからなかたわ~」と。おとんも、太郎も おかんの声で様子を見に来て、「こりゃお医者様だね。」と。そして太郎を見て、「太郎も一緒にどうだ?化膿止めの注射してもらったら?」
太郎は注射と聞いて、「わ、わ、わたしはいいから。。。」と後退り(あとすさり)してさっとその場から逃げてしまった。二―二は 弱弱しく「にゃ~」とお医者様行きにすなおにしたがった。
その後、おかんがいうには、お医者様から 脱水もあるから、点滴しないといけないとして、一晩の入院を告げられ、「軽くはない!」 と。
ブラッキーはサイコパスに違いない。しかも、放蕩生活もあり不潔である。悪い病気もちかもしれぬ。おとんも おかんも 太郎もそれぞれに同じことを思った。 次回 ふたたびブラッキーの攻撃。ついにご主人宅に突然あがりこんで、太郎と取っ組み合いだ~。
11 「やってられないわ!」とおかんがなげく
二―二は元気を取り戻し動物病院を退院した。様子見であと2回ほど通院すればよいそうだ。まずひと安心だ。
その後、ブラッキーが昼、夜かまわず家の周りをうろつくようになって、太郎は気配を感じるたんびに窓越しに、威嚇のうなり声をあげるようになった。普段、あまえる声や、おねだりのような、”か細い”鳴き声ではない。ブラッキーも、甲高い鳴き声で威嚇する。秋の夜長には、鳴き声の応酬はご近所の迷惑になってしまう。二―二はさっとおかんの足元に隠れ、おそるおそる、太郎の威嚇する姿をみている。
おかんは「やってられないわよ!」となげき、ついには いらついて、ブラッキーの隠れている繁みに「こら!」とスリッパを放り投げる始末。もうお手上げ状態となってしまった。
うろつくのは 二―二や太郎がいること。すぐ近くに狩場があってテレトリの主張がおもだろう。この2つの原因は、ブラッキーを排除しないかぎり解決はみれない。「あ~あ どうしようか?、、、当面、太郎と二―二のお外の散歩は 昼間に限られる。」と、 おかん 太郎 二―二の思いだ。
秋になって、虫の音がここちよい。ある日の夕方、ここんところ夕方から外にださせてもらえない太郎が、いつものとおり濡れ縁に通じる大きな窓の網戸越しから外を眺めている。猫すわりしているがリラックスしているわけでない。
突然、太郎は大きなうなり声を長く発し、二―二はすかさず隠れ、太郎は「なによ サイコパス野郎!意気地なし!でてきなさいよ!」といつもどおり威勢がいい。もちろん窓越しであるから、何回か繰り返すと、ブラッキーの攻撃はないとみて、太郎の挑発もだんだん大胆になってきて、ついに「こ、こ、こ。こ。この、あま!」と激高したブラッキーが太郎にむかって突進してきた。「バシーン!!」ものすごい音だ。ガラス窓に頭からつっこんできて、窓に跳ね返されてもひるまない。すぐに「バンッ」と今度は網戸につっこんできた。頭でつっこんで、それから鋭い爪を網戸にたて棒立ちした。太郎ほどではないが背丈があってやせている。ものすごい形相だ。目はらんらんと輝き、牙をむきだしてよだれが”だら~と”こぼれている。網戸の網がブラッキーの頭の形を残してへこんでしまった。太郎はそのたんびに、後ろへ飛び去るが、牙をむきだして、おおきな前足の爪をだして応戦している。ものすごいアタックだ。台所で夕食の準備をしていたおかんも、今日はお休みしていたおとんも駆けつけて、おかんはなんとかブラッキー退散しようと”ほうき”を持ち出したりして網戸越しに追い払おうとする。おとんは、太郎をブラッキーのみえないところへと試みるも「ほっといて!」といわんばかりに取りつく島もない。太郎もブラッキーも一向にひきさがろうとしない。二―二はおびえてひとことも発しない。ぶるぶる震えているのがわかる。
ついに ついに ブラッキーの3回目の攻撃で、家のなかに侵入してきた。家のなかは ”どうして?””と、一瞬凍り付いてパニックに落ちいった。
(さ~ どうなる?次回)
12 パニック
おとんもおかんも、太郎も二―二も 「?!。。」一瞬凍り付いた。なにがなんだかわからない。狂暴なブラッキーが家の中に侵入したのだ。窓の隅っこでカーテンで隠れているところから、勢いよくカーテンを押しのけて、目をギラつかせ戦闘態勢のポーズをとって太郎を睨む。右後ろ足が不自由でびっこをひいて腰がくだけたように見えるが、かえってそれがすごい威圧感となってせまってくる。すぐに反応したのは太郎だ。思わぬ展開で、「ワッ」と発し、”さっ”と身をひるがえし、あっという間にリビングから2階に逃げ隠れてしまった。その速さは尋常でない。二―二もすぐに行動し、おかんの影にかくれていたが、いままでみせたことのない敏捷な動きで、ジャンプ一番、リビングにあるピアノの上にのぼって、続けて、およそ1.5m離れているだろうか、ピアノよりさらに高い本棚の上に大ジャンプ。そこから下を見下ろす位置に落ち着いた。しかしひるまず、注意深く見つめている。太郎と二―二との動きが同時であったので、ブラッキーにとって目くらましのようになって、視線はおとんとおかんに注がれた。「シャ~!」「シャ~!」と威嚇し、鋭い牙をむき出し攻撃姿勢だ。
おかんがとっさに、はいているスリッパをもち、「こらッ!」とこちらもすごい形相で撃退しようとする。「バシ!」「バシバシ!」と、なんども追い回し、おとんも、閉めてあった”はず”の窓と網戸を大きく広げ、ブラッキーを通せんぼしてそこから逃げる誘導しようとする。が、なかなかうまくいかない。もうリビングの中は、本が散らばり、電話も ティシュも、ゴミ箱も、無線ランのルータも、もうぐちゃぐちゃになってしまった。おかんが、ついにたてかけてあった掃除機にスイッチいれて、長いストローをむけて、あばれ回るのをふせごうとする。けたたましい掃除機の音とケーブルがパタついて、ついにブラッキーが窓の外にでていってしまった。「ギャオ~。。。。ぼえてろよ!」。一瞬振り返り、ぎらついていた目が、殺人者のような冷めた目をしたのだ。おとんとおかんは「ぶるぶる」と身震いし、しばらく”ボ~”と立ちすくむばかりであった。
あとでわかったが、ブラッキーが網戸に爪をたてたとき、閉めてあったはずの網戸がレールをつたって横にずれてしまったのだ。それでカーテンで内側からみえないところが、外からは”がら空き”になったのだ。
2度3度と繰り返されるにちがいない。さてどうしたものか?策がすぐに思い浮かばない。
それにしても、まだあどけない二―二が見せた成長ぶり
にはびっくりだ。
次回 太郎が対策にのりだす。猫は猫どうしで示しをつけるしかないのだ。二―二の覚醒はもうすぐ!
13 太郎 ブラッキー対策を 。。。???
騒ぎがおちついて、おとんもおかんもリビングの片づけをしている。まもなく”ト、トトン”と太郎が隠れていた2階から降りてきて、リビング入り口から、「クーン。。。大丈夫?」と顔を出して、まだリビングに入ろうとしない。ご主人は、「もう大丈夫!」と入っておいでをする。そして水の入ったお椀にむかってようやく乾いた喉を潤した。二―二は意外と平気で、もうごはんも水もいただいて、再び、ピアノから本棚の上にジャンプしてそこで毛繕いしている。
と、おかんが 「も~!」と 嘆いたのだ。
「太郎でしょう!」と太郎に向かってえらい剣幕だ!! おかんはかわいた雑巾を手にして、「これー!」と板のうえの水たまりを指す。太郎は「う!」と小さく声をあげたが、「ち、違います、わ、わたしでないですよ~」と手をふりふりをして目はきょろきょろして。。。。 二―二は上から見下ろして、「きゃはははは、おしっこだ、おしっこだ!」と。おかんから、点々とリビングの出口まで続いている水滴を指摘され、観念したのだろうか猫すわりしていたまま首をうなだれ、右前足で顔を隠して 「す、すみません」。おかんは、もっていた雑巾を太郎にむけて「なんでそんなに挑発するの!」と怒りはおさまらない。二―二は「くちゃい,くちゃい」と茶化す。もうただただ小さくうなだれて反省しきりである。
それから少し平穏な日がつづいた。太郎と二―二の外の散歩は朝からお昼までときつくおかんから言い含められている。連れだってでかけることが多くなった。
太郎は策を考えるがまだ思い浮かばない。二―二もまた、恐ろしいブラッキーがまた襲ってきたら、自分でまもるしかないと思った。連れだって歩いていた二―二が、「太郎さん。あたいはブラッキーから逃げられると思う。なんだか最近脚力もついてきたし、大ジャンプで自信がついちゃった。太郎さんは口は悪いけど、意外とおしとやかなのね~」とさらっと言う。太郎は二―二を睨み、「ふん!、何よ小娘が!」と しかし二―二の指摘があたっているのだ。”問題はあたし” ズータイだけが大きく、敏捷さにかけるし、強みといえばこのおおきな爪と持久力くらいだ。二―二はすかさず、「太郎さんはそのままで、2人いっしょに力合わせれば、なんとかなるかも~」 と前向きに考える。二―二のことばで太郎は少し気が楽になった。
それからは、太郎はいままで以上にしっかり食べ、二―二はお家(うち)の桜の木に登ったり枝から枝へのジャンプを繰り返すようになった。
太郎は「やったー!7Kgオーバ」 ますます胴回りが大きくなった。
二―二は「やったー!、2m超えの大、大ジャンプ」
ブラッキーとの決戦は近い。
14 近隣の仲間たちに。。。
太郎と二―二の午前中の散歩は、近隣の飼い猫や旅の途中のノラたちとあいさつを重ねるうちに、仲間うちで噂が広まった。
「へ~ あのおばさんと、あのお嬢さん!どういう取り合わせだか???」とか「ごっくん!。。すっごくきれいな娘(こ)が前を通っていくよ」とか「おや 親子かいね?」とか 「えらい貫禄のおばはんだ。それに比べ栗顔の小娘(こ)はきっと美人になるね~」とか。
挨拶しながら太郎と二―二は、「突然襲われ、ひん死のケガを負わされた」とか「若い娘が突然いなくなって。。。とか」 あちこちで聞くようになった。共通しているのは、夕方から翌朝で、社(やしろ)をとりまく狩場だという。だから近隣の親たちももちろん子供らをも遊ばせないようにしているが、狩りを覚えたての若い猫たちは、どうしても親の目を盗んででかけてしまうというのだ。
太郎は 「ヨタもんが、どうしてもいるね。」二―二は「太郎さん ブラッキーがかかわっていると?」と。「わからない。。。。」
太郎と二―二には予感めいたものがあった。きっとまたブラッキーは襲ってくるに違いない。その時は命をかけた戦いになるであろうことを。
15 太郎 ついに仕掛ける
秋も深まり、虫の音がこの時とばかりと競い合いしている。月明りがあり、周りは普段にくらべ明るい。それもそうだ、お月様がまんまるな形をしている。太郎はご主人の和室の引き戸をノックする。少し隙間があいている。ご主人は何やらセンチメンタルなピアノ曲を聴いている。入れたての薫り高いホットコーヒーを手に、なにやら難しい本をみながら、なにか調べものをしているようだ。ご主人は地元のメーカーに勤め、営業を担当していると言い、近くの直江津港からも製品が輸出されているそうな。明日の出張の準備だろうか?
「おはいり!」太郎はなれたもので、あいていた隙間に右手を差し込み、そっと引き戸を少しあけた。自分の体にいれるには十分だ。太郎は住みついてからこの引き戸を開けるコツをすぐにマスターした。隙間がなくても、爪でひょいとひっかけ少し開いたところで手をいれて開くという動作だ。(猫を飼われたかたならこのしぐさに ”うんうん”とうなづかれるかたも多いと思う。)そのせいか引き戸の桟(さん)は結構すり減ってしまっている。太郎の先代ニャン(サビトラ。メス 17歳で天寿まっとう)もこの技を取得していたから年季が入っている。
太郎は 「クーン。。 あのう!お願いがあるんですけど。」 ご主人は手をとめてコーヒーの香りを楽しむようにして瞑想している。太郎は、「あらま、自分の世界にどっぷりだわ~。。。。」と。ふたたび「クーン」と。ご主人は太郎にきがついているようだが、今、流れている音楽に耳を傾けもう自分の世界に入ってしまっている。こうなったら、「すこし時間がかかるかな~」と覚悟を決めて毛づくろいすることにした。
ご主人の部屋には、自作の真空管アンプが5台もあり、音楽によって、アンプを替えて利用しているのだそうだ。今日は2A3シングル(ロフチンホワイト)無帰還設計で澄み切った音がこの曲にぴったりなんだそうだ。スピーカーはバックロードホーンで統一しておりこれも5種類あって、これもその日使用のアンプと曲にふさわしいものを選んでいるという。太郎にとってはどうでもよいことだがたしかに聴いていてなぜかリラックスする。これはわかる。
短い曲が終わって、コーヒーを机の上に置いて、それから太郎にひざの上においでをする。ご主人はいすにすわったままだ。太郎にとってひざの上は、この上ない安らぎの場でもある。ご主人も、おおがらなからだをしているが、太郎のからだの大きさではやっとおさまるかどうかであり、大きな狸型のしっぽは宙にういたままで、まるめようとしてもとてもひざの上では収まり切れない。
「む~ お前、また太ったな。重いぞ!」といいながら頭や首根っこを”なでなで”しはじめた。太郎にとって、とても気持ち良く、”ぐるぐる”とのどを鳴らしている。ご主人は、「そうか お前もさびしいのだね。。。。この曲はね!」 太郎は「エ!そっちかい!」と小さな声をだしたが、ぐっとがまんすることにした。「とてもいいだろう、”ショパンの夜想曲”だよ。それも1965録音 最晩年のルービンシュタインだよ(当時78歳)」と。それからあれやこれやと長~い講釈がつづき。。 突然思いだしたかののように、「それでなんだっけ?」と。
太郎はいつものことだと慣れたもので、”ふ~”とおおきなあくびをひとつして「あのう、今夜、お外ににでたい。」そのころ二―二も部屋にはいってきて猫すわりしながら 太郎とご主人の会話を聞いている。
ご主人は しばらく太郎の目をじっとみて、それから二―二をみて、「おや、なにか覚悟があるようだね?」。。。。「だめだめ!」「だめだめ!」と手をかざしながら、太郎と二―二それぞれにいう。太郎は普段従順だ。が、今夜はちがった。引き下がらないのだ。ふたたび「ニャオ~ どうしても出たい」
ご主人には聞こえないが、太郎には遠くから猫の鳴き声が聞こえている。「ブラッキーが出たよ~ 危険だからすぐにお家にかえりなさい!」と。さきほどの講釈で時間がたってしまった。事態は急変し、危険をしらせる鳴き声も悲鳴に近いものになっているのだ。
しばらく太郎と二―二をみつめ、「。。。。。避けられないか。。。。 わかった。」と。
太郎と二―二は急いで家(うち)をでた。おかんが心配そうに大きなリビングの窓から見送った。ついに戦いのときが来た。
次回 太郎の捨て身の技 ”体重おとし” なんと不発! 危機せまる!
16 太郎の秘策 ”体重おとし” 破れたり!
太郎と二―二は社の近くに生えている柿の木に登った。先っぽがとんがった柿で、渋柿だそうだ。そろそろ黄色く色づき、これから”かきいろ”に変わりつつある。ご主人がこの村に引っ越ししてきたのは20数年前だが、すでに立派な実をならせていた木だそうだ。樹齢は60年くらいであろうか?柿の木は大事に育てれば2~3世代100年超えもめずらしくない。
二―二はジャンプ2回で結構高い枝先に足場をかため、まわりを見渡した。太郎は”ふうふう”と息切れしながらも、前足の爪をひっかけてやっとこさ幹から1.5mくらいの3つ又の枝分かれに体を落ち着かせた。「どう。見える?」 二―二は遠くをしばらく見つめ、とつぜん「たいへん!おとなの猫が横たわっていて。。待って、あたしくらいの猫が2匹、”ニャンニャン”と泣きじゃくって。。。。。 あ!黒いものがぐるぐる回って威嚇しているようにみえるけど。。。あ!右後ろ足が不自由で引きずっている。太郎さん、きっとあたしたちを襲ったブラッキーにちがいないよ」、と。
太郎は、”子供たちだけでも助けなければ” ””それにしても大人の猫らはどうしている?”いろんなことがとっさにうかんだが、どうも状況が悪い。大人もおびえて近寄れないないようだ。”他はあてにできない。” と、とっさにそう判断し、自分で示しをつけることを決心した。
「二―二 聞いてちょうだい。二―二がブラッキーをこの柿の下におびきよせてほしいの。そうしたら私が飛び降りて体当たりするから。”。。。そのために体重を増やしてきたんだから。。。。” 危険は承知よ!やってくれる?」 太郎の話を聞き終えないうちに、二―二は「やッ!」と気合を発し、枝先から一気に大ジャン部して地上におり、そのまま暗闇に消えてしまった。
虫の音も止まり、あたり一帯が凍り付いたような静寂だ。カサ コソ なにやらそこここでうごめく気配があるが、みんな息を殺しているようだ。
しばらくして二―二がもどってきて柿の幹に背をくっつけて、恐ろしさにおびえているしぐさをみせた。
と、そこへ、のっそりと歩いてきたものがいた。ブラッキーだ。獲物を狩る目ではない。冷めたゾクッとする”殺しを楽しむ”目だ。よだれをだらだら流し、汚い牙を見せて威嚇しながら、しかし「。。。。」無言だ。無言ほど恐怖をもたらすものはない。太郎は柿の木の上から秘策”体重落とし”の機会を待っている。さながら”豹(ひょう)”が木の上から待ち伏せして狩りをするさまだ。あともう一歩。あと半歩。1回しかチャンスはない。二―二は凍り付いて動けない。いやそうしているのだ。
突如、満を持して、”や!”と声を発し、太郎が捨て身技の”体重落とし”をブラッキーに仕掛けた。体重まかせの頭上からの体当たりだ!
2匹のからだが重なったようにみえた、が、一瞬ブラッキーが体をすこしよけて、なんと体重落としが不発に終わった。ブラッキーは太郎をせせらわらってひとにらみして、再び最初の獲物二―二に視線をむけた。もう息がくさいほど二―二近づいた。太郎は足がすくみ動けないでいる。
次回 二―二の逆襲。 名付けて 必殺技「宇宙飛び!」。
17 必殺”宇宙飛び”炸裂! そして ”二―二の覚醒””
ブラッキーは二―二に一歩一歩迫った。ついに沈黙をやぶり「ヒャひゃひゃ~~」ひときわ甲高い声があたりいったいに響き渡った。まんまるい月が再び雲から出て、柿の幹を背にした二―二が青白く照らされ、ブラッキーの影が大きく動く。周りがざわめきだした。2つの目があちこちに増えてきて心配そうに成り行きを見ている。が、誰も助けようとはしない。巻き添えを恐れてのことだ。もう怪物に”いけにえ”の儀式さながらである。太郎はそれでもなんとかしたいと口をパクパクさせるが、声がでない。体が動かない。金縛りにあったかのようだ。「ごくッ」とやっと唾を飲み込んだ。そして涙があふれ出てきた。
ブラッキーが迫ってきた。ついに大きな口をあけ、二―二の首にかみつこうとした。「ガー。。、フ」。 しかし二―二は沈み込んで、すんでのところでかわし、体を入れ替えた。ブラッキーは、「チェッ」と唾をはき、くるっと一回転してふたたび二―二に恐ろしい牙を向けた。二―二は太郎をかばうためその場にとどまった。二―二は逃げない。まんまるい月を背にして、なんとブラッキーに攻撃の姿勢をみせるのだ。小さな体では、どうしても分が悪い。誰の目にも二―二の劣勢のは明らかで、周りから小さく「キャッ」と悲鳴が起きた。二―二自身は、何をしようとしているのかわからない。だけど、このまま逃げたら、今度は間違いなく太郎が犠牲になる。それはわかっている。
「ぎゃ~!」ブラッキーがブチ切れた。!そしていきなり前足の鋭い爪をむきだして二―二に飛び掛かった。「あぶない」とまわりから口々にざわめいてきた。太郎も目をつぶった。
と、”スッ”と二―二は横っ飛びしてしてブラッキーの攻撃をかわした。ブラッキーは、またしても攻撃をかわされ、ますます激高し矢継ぎ早(やつぎばや)に二―二に向かって突進した。今度は二―二が違った。攻撃をかわすジャンプを見せたときに、なんと”猫パンチ”を加えたのだ。二―二にとっての最初の攻撃だ。これがブラッキーの顔面をとらえた。顔はひっかかれ目じりから血が流れている。ブラッキーは血を前足でぬぐい、何が起こっているのかわからないようだ。ただただ怒りにまかせ再び飛び掛かった。二―二の猫パンチは体重がないから威力はない。が、こんども正確にブラッキーをとらえた。今度は左肩口だ。”がくッ”と左足の動きがとまり、自分の勢いで”ズど~ン”とそのまま地面に激突した。しかしすぐにむくッと起き上がり、左肩口をちょいと右足でトンとふれて、思い直して再び二―二に突進しはじめた。”キャお~”ますます甲高い奇声をはっし「くそッ 小娘が!。」
太郎はようやく呪縛がとけたようにへなへなとその場に座り込み、ブラッキーと二―二の死闘を見守っている。
ぴょんぴょんと二―二が跳ね回って、攻撃をかわしその都度猫パンチをいれて、ブラッキーはあちこちにあざができてきた。二―二の普通のパンチでは体力がないぶんダメージは小さい。が、相手をかわし、ブラッキーみずから地面に激突するよう仕向けている。ついにブラッキーは”ハ~ハ~”と荒い息だすようになって連続攻撃をやめた。そして長い対峙が続いた。。。。。
とつぜん、”にゃお~ん”。だれが発したかわからない!それを機に二―二がブラッキーに向かった。機は熟したのだ。さっとブラッキーの胸元に飛び込んだ。ブラッキーが待ち構えて、羽交い絞めにしようとした瞬間、さっとすりぬけ、突然ブラッキーの視界から消えた。太郎と死闘を見ているものたちには、二―二が垂直に大ジャンプしたのを見た。二―二にとって”こうしよう、あーしよう”というものはない。からだが自然に動くのだ。ブラッキーの両腕は二―二の抜け殻をつかんだように輪をえがいたままでしかも腰高になった。隙だらけで無防備だ。と、そこへ、2mの高さで宙返りした二―二が隙だらけの背中にむけて両足そろえの同時キックを炸裂させた。「バキン!」。宙返りしたぶん遠心力が増し破壊力が増した。
二―二の全体重をのせた両足キックが腰よりちょっと高いところだ突き刺さった。「グサ!」と鈍い音がして、一瞬、”く”の字のようにブラッキーのからだが折れ曲がった。少し間があった。そして”クニャクナッ”と、後ろ足から体が崩れ、体が伸び切ったままゆっくりゆっくりと倒れ、それから、首を軸にまるでスナップを利かした体(てい)で顔面が地面に激突した。
ブラッキーは事切れていた。
死闘は終わった。二―二は 「。。。ふ~!」と息をはいた。しばらく静寂がつづき、そしてふたたび、虫の音が秋の夜長をいつくしむかのように鳴き始めた。
次回 エピローグ
18 エピローグ
闘いは終わった。
太郎は呆然自失の体(てい)であったが、二―二に駆け寄られて、涙をふきながら「ありがとう。。。。。」と。そしてまた ”まだあどけさが残るこの小娘は。。。。なんということか”と思った。周りで闘いを目(ま)の当たりに)した大人たちもまたざわついて、「おい見たか?おりゃ信じられない!」「まったくだ!」。ブラッキーに襲われた娘たちの母親なのだろうか「娘を助けていただいて本当にありがとう。ありがとう」。年老いた黒い猫が太郎と二―二に「みごとじゃ、みごとじゃ!」と手をたたき、それを境に、拍手や、歓声に変わった。もちろん、手を合わせ、感謝を表す親たちもいて、社(やしろ)近くの闘いの場は興奮がさめやらず余韻がつづいていた。
しばらくして「どいた、どいた」と3匹の大人の猫が現れた。すこし離れた場所にいる太郎と二―二を”チラッ”と見て、なんと、さも昔からの知り合いかのように右手を右耳にふれながらさっと上にあげた。敬意をこめた簡単なあいさつだ。そしてすぐに、物言わぬブラッキーの始末にとりかかった。手慣れた様子だ。いずれこの3匹は つづく第1話以降にたびたび登場し、太郎と二―二に深くかかわることになる。
太郎はようやくおちついて、「ところで、現場で倒れていた大人の猫はどうなったかしら?」と。二―二と太郎は闘いの場を去りそこへむかった。ブラッキーに襲われていた子供たちは親とともに立ち去ったようだが、大人の猫はまだ横たわったままだ。 二―二が太郎より一足はやく”さっと”近寄り、「あ~あよかった。無事だ!」と。太郎も追いついて、「そうね!気絶しているみたいだわ?」と。いきなり太郎は「どっこいしょ。重いわね」と上半身を持ち上げ、後ろに回って、後ろの右足で背中を「そら!」と掛け声かけて活(かつ)をいれた。すると。「ふ~」と気が付いて、きょろきょろ目をまわし、大きな顔の太郎を真近にみて、とたんに「あわわ。あわわ。」と、手足をばたつかせ、また気絶してしまった。実はこの気絶したご仁、スクープ狙いの新聞記者であることがのちにわかった。つづく第1話以降に登場し、太郎との掛け合いも面白い。
それからまもなく、太郎と二―二がお家(うち)に帰った。もう夜中で眠りについている時間だが、おかんは心配していたのだろう。リビングは電気がついたままだ。おとんの部屋も電気がついたままだ。二―二がリビングのまえで「にゃお~んn」つづいて太郎が短く「キャッ」と。
おかんは「心配したのよ・・・」 おとんは 「お 無事か!ケガはないか」
ビギンズ 完
次回 第1話 ”失踪”ーー悪徳政治家、悪の集団にどう向かうか。壮絶な闘い再び。
第1話以降、やや長編になります。第1話では、太郎と二―二 そして事件簿の中核をなす仲間たちが登場します。そして、二―二本人もまだしらない格別な才能も。また事件簿のなかで、クラシックの名曲が紹介されています。思わず聴いてみたい ということになるかもしれません。
そして最後に意外な展開で第2話へとつづきます。どうかご期待ください。
室長鉄男のブログ 真空管アンプリスナーあれこれ かなりマニアックになりますが、真空管アンプの魅力、バックロードホーンスピーカー クラシックの名曲の聴きどころや、優秀録音、楽器の周波数などを今後つづっていきたいと思います。どうかよろしくお願いします。http://doraneko44.xrsv.jp/jikenbo